皆さんこんにちは。塾長の米井(こめい)です。
これは、何気ない日常もどんな言葉を選ぶかで相手の人の気持ちを変えることができる、「転ばないことより、立ち上がれること」未来につながる言葉で世界が変わる、そんなお話です。
『これから咲く花』
春の終わり頃だった。
教室の前の花壇に、まだ開いていないチューリップが並んでいた。
小学四年の結衣が、それを見ながら言った。
「まだ咲いてないね」
すると隣にいた理科好きの男の子が、すぐに言い返した。
「違うよ。“これから咲く”んだよ」
結衣がきょとんとする。
「同じじゃん」
「違うって。ぜんぜん違う」
そのやり取りが妙に耳に残った。
その日の授業。
結衣は珍しく、算数の問題で固まっていた。
「先生、もう分かんない」
ノートには、途中まできれいに式が書かれている。
でも最後の一行だけが空白だった。
「どこまで分かる?」
と聞くと、
結衣は首を振った。
「全部ダメ」
私は思わずノートを見返した。
いや、“全部”ではない。
むしろ途中まではかなり良い。
でも結衣の中では、
“最後までできなかった”=“全部ダメ”
になっていた。
その瞬間、朝の言葉を思い出した。
“まだ咲いてない”
と
“これから咲く”
同じ状態なのに、未来の見え方が真逆だった。
「結衣。これ、“全部ダメ”じゃなくて、“あと一歩”じゃない?」
結衣が止まる。
「…あと一歩?」
「うん。ここまでできてる」
私は途中式を指した。
「これ、“できてない子”のノートじゃないよ」
結衣はしばらく黙っていた。
でも、どこか納得していない顔だった。
授業後、結衣の母親が迎えに来た。
「すみません、うちの子ほんと不器用で…」
その言葉に、結衣の肩が少しだけ下がる。
母親に悪気はない。
むしろ愛情から出た言葉だ。
でも子どもは、ときどき“大人が思う以上に”、
言葉をそのまま受け取る。
その夜。
家で娘が靴紐を結んでいた。
何度やっても失敗する。
「もういい!」
娘が投げ出した。
「できない!」
つい口が出そうになる。
“こうやるの!”
“だから違うって!”…と
でも、その瞬間ふと思った。
本当に今必要なのは、“正解”だろうか。
そこで私は、わざと変な結び方をしてみせた。
娘が笑う。
「なにそれ!へんなの!」
「失敗した」
「ぜんぜんできてないじゃん!」
「じゃあ、どこ直したらいいと思う?」
娘は少し考えたあと、
「ここ!」
と指をさした。
気づけば、娘は“できない”ではなく、
“どう直すか”を考え始めていた。
翌日。
結衣が珍しく早く教室に来た。
「先生」
「ん?」
「昨日、お母さんに“あと一歩だね”って言われた」
驚いた。
「え?」
「なんか、“不器用”って言いそうになって止まってた」
私は思わず笑った。
きっとお母さんも、何か感じたのだろう。
その日の授業で、小テストをした。
結衣はまた一問ミスした。
「あーあ」
と頭を抱える。
…と思った次の瞬間、
結衣が自分で言った。
「でも、“全部ダメ”じゃなくて、“あと一歩”か」
教室が少し静かになる。
すると、後ろの席の男の子がぼそっと言った。
「それ、ズルくない?」
「え?」
「“あと一歩”って言えば、失敗じゃなくなるじゃん」
教室に微妙な空気が流れる。
たしかに、その通りにも聞こえた。
でも、そのとき。
いつも静かな女の子が突然言った。
「違うと思う」
みんなが振り向く。
「“失敗してないことにする”んじゃなくて、“次があるって見方をする”んだよ」
教室が静まり返った。
私はその瞬間、はっとした。
“肯定的な言葉”って、
現実をごまかすことじゃない。
同じ現実を、
“閉じる言葉”にするか、
“続いていく言葉”にするか、
その違いなんだ。
帰り際。
結衣が花壇の前で立ち止まった。
まだ開いていないチューリップを見ながら、小さく言う。
「まだ咲いてない、じゃないね」
「うん?」
「これから咲く、だ」
夕方の風で、つぼみが少し揺れた。
その姿を見ながら、ふと思った。
教育って、
正解を先回りして教えることじゃないのかもしれない。
転ばないように支えることでもない。
安心して転べる場所を作ること。
そして転んだあと、
「ここまではできてるよ」
「次はどうする?」
と、未来が続く言葉を渡してあげること。
人は、言葉で世界を見る。
だから同じ“失敗”でも、
「向いてない」になることもあれば、
「これから伸びる途中」にもなる。
そして案外、
人生を変えるのは大きな才能じゃない。
たった一言の、“見方”だったりする。
その春、一番最後まで咲かなかったチューリップがあった。
でも結衣は毎朝、その花を見て言っていた。
「まだじゃないよ」
「いま、“咲く準備をしてる”んだよ」
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