まだ答え合わせの途中

「勝ちたい?」

先生にそう聞かれて、

「はい」

と答えた。

当たり前だった。

負けたい人間なんて、たぶんいない。

高校二年の夏。

僕たちの学校では、毎年「未来アイデアコンテスト」というものが開かれていた。

生徒が考えたアイデアをプレゼンして、一番評価されたチームが優勝する。

優勝すれば、校長から表彰される。

大学の推薦資料にも書けるらしい。

つまり、

ちゃんと結果になる大会だった。

僕は本気で勝ちたかった。

だから、過去の優勝作品を全部調べた。

何が評価されたのか。

どんな発表がウケたのか。

審査員がどんな言葉に反応したのか。

そして、あることに気づいた。

優勝するチームには共通点があった。

「社会貢献」

「実現可能性」

「数字」

「分かりやすさ」

だった。

だったら簡単だ。

そこを全部押さえればいい。

僕たちのチームは、最初に考えていたアイデアを捨てた。

本当は、少し変わった企画をやりたかった。

でも、それでは評価されない。

だからやめた。

代わりに、「絶対に失点しない企画」を作った。

資料はきれいに。

数字は正確に。

発表時間は秒単位。

質問されそうなことは全部予想して答えを用意した。

メンバーの一人が言った。

「なんか……つまんなくない?」

僕は答えた。

「でも、勝てる」

そして、

本当に勝った。

優勝。

表彰台に立った時、

ものすごく嬉しかった。

ほら。

やっぱりそうだ。

結果がすべてなんだ。

努力したかどうかなんて、誰も知らない。

失敗したかどうかなんて、誰も興味がない。

最後に一位のところに名前があれば、それでいい。

そう思った。

本気で。

だから、その日の帰り道、

僕は一緒に参加したメンバーに言った。

「来年もこの方法でいこう」

誰も返事をしなかった。

その中の一人、春香だけが言った。

「私は、嫌だ」

「なんで?」

春香は少し考えてから、

「だって……」

と言った。

「一回も失敗しなかったから」

意味が分からなかった。

「それの何が悪いの?」

春香は笑った。

「分かんない」

「だから、今度は違うやり方でもう一回やってみたい」

それだけだった。

僕は、変なの、と思った。

三か月後。

先生から呼び出された。

「コンテストの優勝、おめでとう」

「ありがとうございます」

先生は机の上に一枚の紙を置いた。

「これを見てくれ」

そこには、僕たちの企画の評価表があった。

100点満点で僕たちは98点だった。

「すごいですね」

僕が言うと、

「この学校で過去最高だ」

やっぱり。

僕は少し誇らしくなった。

ところが先生は、次の紙を出した。

そこには、僕たちが最初に捨てた企画の評価が書いてあった。

42点。

「……低」

「そうだな」

「だから捨てたんですよ」

「そうだな」

先生はそこで、意外なことを言った。

「だが、私はこっちの方を覚えている」

「え?」

先生は、42点の企画書を指で軽く叩いた。

「この企画を考えた時、お前たちは何度も意見を変えただろ」

「はい」

「ケンカもした」

「……しました」

「途中で一回、全部やり直した」

「はい」

「それで42点だった」

僕は苦笑した。

「だからダメだったんですよ」

先生は笑った。

「そうだな」

そして、その紙を僕に返した。

「だから、来年はこれをやれ」

僕は驚いた。

「え?」

「42点の方を」

意味が分からなかった。

「でも、優勝したのは98点の方ですよ」

先生は頷いた。

「だからだ」

その時は、先生の言っている意味がよく分からなかった。

翌年。

僕は三年生になった。

先生から言われた通り、後輩たちと42点の企画をやることになった。

そして、最初の一週間で、めちゃくちゃ失敗した。

予算が合わない。

人が集まらない。

計画が破綻する。

後輩が言った。

「先輩、どうしましょう」

僕は答えられなかった。

去年なら、

正解を探した。

過去の優勝例を調べた。

失敗しない方法を探した。

でも今回は、

先生から一つだけ言われていた。

「答えを教えるな」

だから、

僕は言った。

「……どうしたらいいと思う?」

後輩たちは考え始めた。

一人が案を出す。

失敗する。

別の案を出す。

また失敗する。

何度もやり直した。

そのうち、

不思議なことが起こった。

去年の僕なら絶対に採用しなかったような、

変なアイデアが出てくるようになった。

「それ、本当に大丈夫?」

「分かりません」

「じゃあ、やってみよう」

そんな会話が増えていった。

そして大会当日。

僕たちの企画は、めちゃくちゃだった。

発表途中で資料が一枚足りない。

説明も少し分かりにくい。

数字も完璧ではない。

結果。

五位。

惨敗だった。

後輩たちは、落ち込んでいた。

僕も悔しかった。

帰り道。

一人の後輩が言った。

「先輩」

「ん?」

「五位って、そんなに悪いですか?」

「……まあ、悪いだろ」

「でも」

その子は笑った。

「去年より、ずっと面白かったです」

僕は何も言えなかった。

その夜。

先生のところへ行った。

「先生」

「なんだ?」

「結局、五位でした」

「そうか」

「去年は一位だったのに」

先生は少し笑った。

「残念だったな」

「はい」

「じゃあ、去年は何が残った?」

僕は答えられなかった。

先生は、

「そうだろうな」

と言った。

そして、

思いがけないことを話し始めた。

「実はな」

「去年、お前たちを優勝させるかどうか、最後まで審査員で揉めた」

「……え?」

「洗練されてこそいなかったが、面白さでは別のチームが上だった」

僕は驚いた。

「じゃあ、なんで……」

先生は笑った。

「お前たちの発表が一番うまかったからだ」

「……」

「つまり、お前たちは本当に一番だった」

それを聞いて、少し嬉しくなった。

やっぱり。

結果は結果だ。

すると先生が、続けた。

「でもな」

「今年のお前たちは、五位なのに去年より成長してる」

その瞬間、去年の自分を思い出した。

98点。

優勝。

完璧な発表。

失敗しない企画。

そして、何も残っていない。

一方で今年は、五位だった。

でも、何度も失敗した。

意見がぶつかった。

途中で全部やり直した。

誰かの意見を聞いて、自分の考えを捨てた。

そして、後輩たちは最後まで自分たちで考えていた。

そこで初めて、去年の先生の言葉が分かった。

先生は、「結果なんてどうでもいい」

と言っていたわけじゃなかった。

むしろ逆だった。

結果は大事だった。

だからこそ、

社会に出たら、

結果を出す方法を身につけなければならない。

でも、

学校にいる間まで、結果だけを出させてしまったらどうなるのか。

失敗しない答えだけを教え続けたら、その子は、

「正解が分からない時に、自分で考える」経験を持てない。

「失敗したらどうする?」ではなく、「失敗しそうでも、やってみる?」

「誰かに正解を聞く?」ではなく、「自分ならどうする?」

「負けたからダメだった?」ではなく、「何を変えたら次はよくなる?」

そういうことを、

まだ何者でもない十代のうちに、何度も何度も経験する。

それが、学校という場所なのかもしれない。

社会に出れば、「結果を出してください」と言われる。

当然だ。

だからこそ学校では、その結果に至るまでに、たくさん間違えてほしい。

変なことを考えてほしい。

一度決めたことを、「やっぱり違う」とひっくり返してほしい。

人とケンカして、仲直りしてほしい。

自分の判断で失敗して、その失敗を自分の頭で考えてほしい。

誰かに笑われても、「それでもやってみたい」と思えるものを一つくらい見つけてほしい。

だって、十代の失敗は、人生の失敗ではない。

それは、

人生を自分で選ぶための練習問題なのだから。

その数年後。

僕は会社で働いていた。

ある日、

後輩から相談された。

「この企画、どっちがいいと思いますか?」

資料を見る。

どちらも一長一短だった。

昔の僕なら、

成功しそうな方を選んだ。

でも、

その日は違った。

「君はどう思う?」

後輩が少し驚いた顔をした。

「……僕ですか?」

「うん」

「失敗するかもしれませんよ」

僕は笑った。

「そりゃそうだ」

「でも、一回くらい自分で決めてみたら?」

後輩はしばらく考えて、

自分の考えを話し始めた。

その話を聞きながら、

僕はふと思った。

あの時の先生が、なぜ42点の企画書を、捨てずに取っておいたのか。

きっと先生が残したかったのは、42点という数字ではなかった。

そこに書かれていた、

何度も書き直した跡。

消しゴムの跡。

赤ペンで直した跡。

途中で貼り直された紙。

つまり、僕たちが迷った証拠だった。

結果だけを見れば、98点の企画が僕の最高傑作だった。

でも、僕を今の自分にしてくれたのは、42点の企画だった。

人生は、結果だけを並べれば、きれいなアルバムになる。

でも、人間を育てるのは、たぶん、そのアルバムには載せたくないような写真の方だ。

間違えた顔。

泣いた顔。

悔しそうな顔。

どうしていいか分からない顔。

そして、それでももう一度やってみた顔。

社会では、結果を求められる。

だからこそ、教育では、結果に至るまでの自分自身を、大切にしてあげたい。

一位だったから、その子が優れているわけではない。

五位だったから、その子が劣っているわけでもない。

大切なのは、その結果にたどり着くまでに、

何を考え、何を選び、何に挑戦し、何を失敗し、そこから何を学んだのか。

その経験は、誰にも点数をつけられない。

でも、いつかその子が、正解のない場所に立った時、きっとその経験こそがその子自身を助けてくれる。

だから十代のうちは、少しくらい、うまくいかなくていい。

むしろ、うまくいかないことを、怖がりすぎなくていい。

だって、

まだ人生の答え合わせをする年齢じゃない。

「失敗には、二種類ある」

「やってみたから起きた失敗と、やらなかったから起きた失敗だ」

今はまだ、

自分だけの答えをつくるために、たくさん間違えていい時間なのだから。

失敗しないことと、失敗から逃げることは全く別物だ。

手抜きは失敗のうちには入らない。

「次も失敗するかもしれないのに、それでもやってみること」

「失敗した時に、人のせいにするのか、自分で考えるのか」

「怖くなった時に逃げるのか、誰かに相談するのか」

「うまくいかなかった時、自分のやり方を変えられるのか」

そういうものは、成功した時にはなかなか育たない。

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