何年も後の報酬(学びはその日に役立つとは限らない。だから価値がある。)

皆さんこんにちは。塾長の米井(こめい)です。

これは、その場で報われないものが、後から人生を支える。
その時は通り過ぎた景色が、後になって地図になるような、そのときは気付かなくても、一見無価値なようでいて、人生には「あとから届くものがある」。
先の見えない不安や勉強する意味に疑問を持つお子さんたちにこそ読んでほしい。
そんなお話です。

目次

「遠回り係」

高校二年の春。

僕は学校で一番人気のない係になった。

「案内係」

だった。


文化祭の準備で必要らしい。

校門に立って来場者を案内するだけ。

誰でもできる。

目立たない。

面白くない。


友達はみんな、

ステージ班。

模擬店班。

企画班。

楽しそうな部署へ行った。


僕だけが案内係。


最悪だった。


文化祭までの一か月。

放課後になるたび、校内の地図を持って歩く。

来場者が迷いそうな場所を探す。

案内板を作る。

矢印を貼る。


誰にも感謝されない。


むしろ友達から笑われた。


「お前、何やってんの?」


自分でもそう思った。


ある日。

顧問の先生が言った。


「案内係には特別ルールがある」


何だろうと思った。


先生は続けた。


「困っている人を見つけたら、絶対に目的地まで連れていくこと」


「場所だけ教えるのは禁止」


意味が分からなかった。


「いや、説明したら終わりじゃないですか」


先生は笑った。


「それじゃダメなんだよ」


理由は教えてくれなかった。


文化祭当日。


朝から案内係は忙しかった。


体育館はどこですか。

模擬店はどこですか。

トイレはどこですか。


そのたびに歩く。


歩く。


歩く。


友達はステージで盛り上がっている。

模擬店で楽しそうにしている。


自分だけ校内を歩き回る。


正直、損な役回りだと思った。


昼過ぎ。

ひとりの小さな女の子が泣いていた。


迷子だった。


保護者を探してほしいという。


校内放送をかける。


しかし見つからない。


僕は女の子を連れて校内を歩いた。


その途中。

女の子が突然言った。


「お兄ちゃん、この学校好き?」


変な質問だった。


「普通かな」


すると女の子は言った。


「わたし、この学校に来たい」


聞けば、小学六年生だった。


文化祭を見に来た受験生らしい。


「でもね」


女の子は言った。


「勉強できないから無理かも」


僕は、女の子の話を聞いて励ました。


でも女の子は首を振った。


「みんなそう言う」


そして続けた。


「でも本当は違うんだよ」


「心の中では頑張っても無理だったらどうしようって思ってる」


その言葉に少し驚いた。


小学生なのに。


妙に大人びていた。


結局、お母さんは見つかった。


女の子は帰り際、僕に手を振った。


「ありがとう」


それで終わりだった。


文化祭も終わった。


案内係なんて何も残らなかった。


そう思っていた。


数か月後。


先生に呼ばれた。


「これ、お前宛て」


封筒だった。


差出人は知らない名前。


開く。


中には手紙が入っていた。


間違いなくあのときの女の子だった。


そこにはこう書かれていた。


「文化祭の日、お兄ちゃんは覚えてないと思います。」


「でも私は覚えています。」


「迷子になった時、本当はお母さんより先に帰りたかったです。」


「受験をやめようと思っていました。」


「でも校内を歩いている時、お兄ちゃんが『俺も失敗するの怖いよ』って言いました。」


僕は驚いた。


そんなこと言ったっけ。


覚えていない。


手紙は続いていた。


「大人はみんな『頑張れ』と言いました。」


「でもお兄ちゃんだけは『怖いよな』って言いました。」


「だから受験してみようと思いました。」


最後にこう書かれていた。


「合格しました。」


手が止まった。


その時ふと思った。


文化祭の日。


友達はステージで拍手を浴びていた。


模擬店は大繁盛だった。


みんな楽しそうだった。


もし時間を戻せるなら、

当時の僕は迷わずそっちを選ぶだろう。


案内係なんて選ばない。


絶対に。


でも不思議だった。


文化祭から何年経っても、

友達のステージの内容は思い出せない。


模擬店の売上も覚えていない。


なのに、たった一通の手紙だけは今も引き出しに入っている。


その時ようやく分かった。


人生には二種類の道がある。


その場ですぐ報酬がもらえる道。


そして、何年も経ってから意味が届く道。


人は前者を近道だと思う。


成果が見えるから。

評価されるから。

効率がいいから。


でも人生を振り返ると、心に残っているのはなぜか後者ばかりだ。


誰かの話を聞いた時間。

結果の出ない努力。

遠回りした経験。

失敗した挑戦。


その時は損に見えたこと。


その時は無駄に見えたこと。


その時は回り道に見えたこと。


不思議なことに、それらが何年も後になって、人生の核心につながっている。


だから本当の近道は、楽な道ではないのかもしれない。


その場で何かを得る道でもないのかもしれない。


一見すると遠回りで、誰も選びたがらなくて、今すぐの見返りもない。


でもその道だけが連れていってくれる景色がある。


そして人生はたぶん、どれだけ早く着いたかではなく、どれだけ深く辿り着けたかで決まるのだと思う。

今は意味がわからなくても、人生はあとで答え合わせをしてくれる。

人生には遅れて咲く種がある。

未来から振り返ると、宝物だったとわかる日がある。

そのためには「今」を大切にする必要がある。

他の誰でもない、未来の自分へのプレゼントとして。

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