皆さんこんにちは。塾長の米井(こめい)です。
これは、効率(パフォーマンス)重視の風潮に一石を投じる、多くの人が陥りやすい罠を描いた寓話風のお話で、失敗を恐れたり、何でもよくできたり、先が読めるかしこい人ほど読んでほしいそんなお話です。
「遠回りの地図」
小さな山あいの町に、一枚の不思議な地図があった。
その地図には、町から山の向こうの「光の湖」まで行く二本の道が描かれていた。
一本は、真っすぐだった。
坂もなく、石もなく、橋もある。
誰が見ても最短距離だった。
もう一本は、曲がりくねっていた。
崖があり、川があり、森があり、何度も登ったり下ったりする。
誰が見ても遠回りだった。
だから町の人々は皆、迷わず真っすぐの道を選んだ。
ある日、少年のユウも旅に出ることになった。
出発前、町一番の老人が言った。
「どちらの道でも湖には着く」
「ただし、湖で何を見るかは違う」
意味が分からなかった。
湖は湖だろう。
そう思ったユウは、当然のように真っすぐな道を選んだ。
驚くほど楽だった。
歩きやすい。
疲れない。
迷わない。
「みんなが選ぶ理由が分かった」
ユウは満足していた。
ところが数日後、不思議なことに気づく。
旅人たちは皆、黙っている。
誰も歌わない。
誰も笑わない。
誰も景色を見ない。
ただ前だけを見て歩いている。
まるで運ばれている荷物のようだった。
さらに進むと、道端に古びた看板があった。
そこにはこう書かれていた。
「この先、失い物回収所」
ユウは首をかしげた。
失い物?
何のことだろう。
「失い物回収所」と書かれた小屋の中には老人が一人いた。
棚には無数の箱が並んでいる。
箱には名前が書かれていた。
「好奇心」
「忍耐」
「挑戦心」
「感謝」
「人を頼る力」
「失敗する勇気」
ユウは思わず笑った。
「そんなもの、落とす人なんているの?」
老人は静かに答えた。
「この道を歩く者のほとんどだよ」
ユウは小屋を出て意味が分からないまま先へ進んだ。
やがて光の湖に着いた。
確かに美しかった。
しかし何かが変だった。
感動しない。
綺麗だと思う。
でも心が動かない。
周囲の旅人たちも同じだった。
写真を撮る。
見終わる。
帰る。
それだけだった。
町へ戻ると老人が尋ねた。
「湖はどうだった?」
「綺麗だった。でも……それだけだった」
老人は頷いた。
「そうか」
それ以上何も言わなかった。
数年後。
ユウは大人になった。
仕事に就き、効率よく生きることを覚えた。
失敗しない道。
損しない道。
苦労しない道。
遠回りしない道。
いつしかそればかり選ぶようになった。
ある冬の日。
母が倒れた。
病院への付き添い。
仕事との両立。
思うようにいかない毎日。
効率の悪いことばかりだった。
初めて人生が予定表どおりに進まなくなった。
その頃、病院で一人の少女と出会う。
難しい病気を抱えていた。
それなのにいつも笑っている。
ユウは聞いた。
「なんでそんなに明るいの?」
少女は笑った。
「遠回りしてるからかな」
意味が分からなかった。
すると少女は言った。
「病気にならなかったら知らなかったことがいっぱいあるの」
「お母さんの優しさとか」
「看護師さんの凄さとか」
「今日生きてることのありがたさとか」
「全部、遠回りしないと見えなかった」
その言葉が胸に残った。
数か月後、少女は亡くなった。
ユウは大きな喪失感に襲われた。
しかし同時に、初めて気づく。
彼女と過ごした時間は、何ひとつ効率的ではなかった。
でも人生で最も忘れられない時間になっていた。
その夜、ユウは突然あの不思議な地図を思い出した。
そして気づく。
老人が言っていた意味を。
湖で見える景色は同じだった。
違ったのは湖ではない。
そこへ辿り着くまでに、自分がどんな人間になったかだったのだ。
さらに年月が流れた。
老人となったユウは、ついにもう一本の道を歩いてみることにした。
若い頃、馬鹿にしていた遠回りの道。
予想外だった。
確かに大変だった。
崖で転び、川で濡れ、森で迷った。
しかし、そのたびに誰かに助けられた。
旅人と友達になった。
焚き火を囲んだ。
失敗して笑った。
誰かを助けた。
誰かに感謝した。
そして気づいた。
障害物だと思っていたもののほとんどは、実は人生がこちらに用意した授業だった。
ようやく湖へ着いた。
景色は昔と同じだった。
水面も。
光も。
山々も。
何ひとつ変わっていない。
なのにユウは涙が止まらなかった。
その時、湖畔の石に小さな文字を見つけた。
昔は気づかなかった文字だった。
そこにはこう刻まれていた。
「見かけだおしの近道は、最も早く着く道だが、得られるものはあまりない。」
「真の近道は、目的地に着いた時、たくさんのものを手に入れている道である。」
若い頃のユウは、その言葉の意味を理解できなかっただろう。
なぜなら彼は、人生で大切なものは”最短でたどり着くこと”だと思っていたからだ。
だが本当は違った。
人生で本当に価値があるものの多くは、苦労を避けた先ではなく、苦労の途中でしか拾えない。
私たちは忙しい。
効率を求める。
損を避ける。
失敗を恐れる。
近道を探す。
それ自体は悪くない。
けれど時々忘れてしまう。
人生で最も心を動かした出来事の多くは、予定どおりに進まなかった日々の中にあったことを。
振り返れば、「あの苦労がなければ今の自分はいなかった」
と思える出来事はたくさんある。
しかし、
「あの楽な近道のおかげで人生が豊かになった」と思い出せる出来事は意外と少ない。
だからもし今、目の前に平らで楽な道と、不安だらけの険しい道があるなら、少しだけ考えてみてほしい。
その道は本当に遠回りなのか。
それとも、未来の自分が感謝する真の近道なのか。
人生は目的地よりも、そこへ向かう途中で何を拾ったかによって、最後の景色が変わるのだから。
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